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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24488号 判決

原告

石井千代子

ほか一名

被告

杉野誠

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告石井千代子に対し金二七四一万三一三四円、原告荒井壽子に対し金一七五万円、及びこれらに対する平成三年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、各自、原告石井千代子(以下「原告石井」という。)に対し金五〇〇〇万円、同荒井壽子(以下「原告荒井」という。)に対し金二六四万円、及びこれらに対する平成三年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、T字形交差点において、突き当たり路から足踏自転車に乗つて直進道路を横断しようとした女性が、直進道路を走行してきた大型貨物自動車に衝突され、植物状態となつたことから、本人及びその後見人が損害賠償を求めた事案(本人については一部請求)である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成三年八月三一日午前六時四五分ころ

事故の場所 東京都江戸川区上篠崎四目一番七号先のT字形交差点(以下「本件交差点」という。別紙「現場見取図」参照)

加害者 被告杉野誠(以下「被告杉野」という。加害車両運転)

加害車両 普通貨物自動車(大宮一一う四八五二)

被害者 原告石井(足踏自転車を運転)

事故の態様 原告石井が、足踏自転車に乗つて突き当たり路から本件交差点を横断中に、小岩方面から京葉道路方面に直進してきた加害車両に衝突された。

事故の結果 原告石井は、本件事故により頭部外傷を受け、植物状態となり、後遺障害別等級表一級三号の後遺症を残した。

2  責任原因

被告杉野は、加害車両を運転中、前方の安全の確認を怠つたため原告に衝突したから民法七〇九条に基づき、また、被告緑運送株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車両の保有者であるから自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任を負う。

3  損害の填補(一部)

原告石井は、自賠責保険から一九三〇万円及び被告会社が加入する任意保険(東京自動車交通共済共同組合)から六一〇万四〇四五円の合計二五四〇万四〇四五円の填補を受けた。

三  本件の争点

1  損害額

(一) 原告ら

(原告石井分)

左記の損害合計九二九三万二四〇二円から前示の填補額を控除した六七五二万八三五七円のうち金五〇〇〇万円を請求

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費 二四〇万四四五〇円

〈2〉 入院雑費(一日当たり一三〇〇円。三九一日) 五〇万八三〇〇円

〈3〉 看護料 三六九万九五九五円

(2) 休業損害 一九五万〇〇〇〇円

原告石井は、事故前月収一五万円を得ていたところ、本件事故時から症状固定日までの一三カ月分

(3) 逸失利益 一五五八万一四八三円

六八歳以上の平均賃金月収二〇万〇九〇〇円を基礎とし、原告石井の年齢六九歳について平均余命一六年の二分の一の八年を就労可能年数として、ライプニツツ方式により算定

(4) 慰謝料 二七〇〇万〇〇〇〇円

入通院(傷害)慰謝料として三〇〇万円、左硬膜下血腫による植物状態の後遺症慰謝料として二四〇〇万円の合計

(5) 将来介護費等

原告石井は、右後遺症により終生介護を要するところ、このために将来要する費用は、原告石井の年齢六九歳について平均余命一六年を前提として、それぞれライプニツツ方式により算定

〈1〉 将来看護料(一日当たり五〇〇〇円) 一九七七万八八〇三円

〈2〉 将来入院雑費(一日当たり一三〇〇円) 五一四万二四八九円

〈3〉 将来の室料差額代(一日当たり三〇〇〇円) 一一八六万七二八二円

(6) 弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

(原告荒井分)

(1) 近親者慰謝料 二四〇万〇〇〇〇円

原告石井は、これまで結婚歴がなく、原告荒井が唯一の子(養子)である。原告荒井は、原告石井が植物状態にあり、近親者として精神上苦痛を受けた。

(2) 弁護士費用 二四万〇〇〇〇円

(二) 被告ら

原告ら主張の損害を争う。特に、次の各点を主張する。

(1) 逸失利益につき

原告石井の事故前の収入である月収一五万円を基礎に算定すべきであり、また、同原告の職業であるビル清掃の仕事は七六歳まで就労が可能なものではない。

(2) 将来介護費等につき

原告石井は病的衰弱傾向にあり、平均余命まで生存する可能性が低いから、これを前提として将来介護費等を算定すべきでない。

2  過失相殺

被告らは、原告石井が一時停止の標識を無視し、かつ、雨合羽を深くかぶつて、加害車両の前に飛び出したのであつて、大幅な過失相殺を主張する。

原告らは、本件道路が住宅街にあること、原告石井が六八歳と高齢であること、同原告が本件交差点に先入していること、被告杉野に大幅な速度制限違反があることから、過失相殺はすべきでないと主張する。

第三争点に対する判断

一  原告石井の損害額について

1  原告石井の障害の状況

甲二、三 九ないし一一、一三、調査嘱託(江戸川共済病院の担当医高田暁に対するもの)の結果に前示争いがない事実を総合すると、原告石井は、本件事故により急性硬膜下血腫、脳挫傷の傷害を受け、事故当日から東京都立墨東病院で、また、平成三年一一月四日からは江戸川共済病院で治療を受けたが、脳の皮質が硬直し、植物状態のまま平成四年九月二六日に症状が固定し、回復の可能性はなく入院を継続していること、このため平成五年三月一六日に東京家庭裁判所から禁治産宣告を受け、同年四月一日右審判は確定したことが認められる。

2  治療費関係

(1) 甲一七によれば、前示東京都墨東病院及び江戸川共済病院の治療費(二人部屋使用料を含む。)として事故当日から平成四年九月三〇日までの間に合計二四〇万四四五〇円を要したことが認められる。

(2) 右各病院における入院の雑費として、一日当たり一三〇〇円として三九一日の間に合計五〇万八三〇〇円を要したものと認める。

(3) 甲一五、一八によれば、原告石井が江戸川共済病院に転院後、同病院の指示により、京成家政婦紹介所から専門の看護人の派遣を受けており、平成四年一二月三一日までの間に派遣料として合計三六九万九五九五円を要したことが認められる。

3  休業損害 一九三万五〇〇〇円

甲四、一五によれば、原告石井は、事故前に近畿ビルメインテナンス株式会社の従業員としてビルの清掃作業をし、月収一五万円を得ていたこと、本件事故時から症状固定の日までの一二カ月と二七日の間、右作業に従事せず、右賃金を得られなかつたことが認められる。

計算 15万人×(12+27÷30)=193万5000

4  逸失利益 九一三万六八〇〇円

前認定のとおり、原告石井は本件事故のため植物状態にあり就労が不可能である。そして、甲五、一五によれば同原告は大正一一年一一月二五日生まれであり、本件事故前は健康な身体であつたことが認められる。そうすると、同原告の職種に照らし、本件事故がなければ、症状固定日の翌日である平成四年九月二七日(同原告は六九歳)から七五歳までの六年間稼働が可能であると認めるのが相当であるから、前認定の月収一五万円を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、本件事故による逸失利益は右金額となる。

計算 15万×12×5.076=913万6800

5  慰謝料 一九〇〇万円

前示の症状固定までの入院の日数、治療の経過、後遺障害の程度、内容、原告石井の年齢、後記のとおり原告荒井に近親者慰謝料を認めること、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、入院(傷害)慰謝料として三〇〇万円、後遺症慰謝料として一六〇〇万円が相当と認める。

6  将来介護費等

原告石井は、将来の看護料、入院雑費及び室料差額代を求めるところ、これらに共通して同原告の生存可能年数が共通して問題となるので検討すると、甲三、一三、一五、前示調査嘱託の結果、前認定の事実を総合すると、原告石井は、頭部外傷、硬膜下血腫、脳挫傷により、植物状態となり、江戸川共済病院に入院中であるが、筋萎縮拘縮、長期にわたる臥床、肺炎及び膀胱炎の感染症などの合併症のため、病的な衰弱傾向にあること、自力で呼吸はするが、意識はなく、全く身動きができないこと、他の疾病の感染の恐れがあり、自宅での療養をする可能性はなく、病床にあつても徐々に全身が衰弱し、不帰の転帰をとること、このため、平均余命まで生存する可能性は一般人と比べて低いこと、もつとも、その程度は合併症の有無で左右されることから不明であることが認められる。

このように、原告石井は現に合併症を併発し、病的な衰弱傾向にあり、一般に植物状態にある患者の余命は、通常人のそれと比して大幅に下回ること(乙一四により認める。)や、同原告の症状固定時における年齢を考慮すると、簡易生命表に基づく平均余命まで生存する可能性は極めて低いものといわなければならない。そして、損害賠償額の算定に当たつては将来の予測を控え目にするのが適当であることから、同原告は症状固定日から平均余命の約三分の二に当たる一〇年間生存するものとして、将来の看護料等を算定するのが相当である。

以下、右を前提として将来分を検討する。

(1) 将来看護料 一四〇九万二六五〇円

甲一三、前示調査嘱託の結果によれば、江戸川共済病院は完全看護ではなく、原告石井には、終生、看護が必要であることが認められ、同原告が請求する一日当たり五〇〇〇円の近親者看護料は、本件交通事故と相当因果関係のある損害と認められる。将来看護料をライプニツツ方式により算定すると、右金額となる。

計算 5000×365×7.722=1409万2650

(2) 将来の入院雑費 三六六万四〇八九円

前示のとおり、原告石井は終生の入院加療が必要であるから、一日当たり一三〇〇円の入院雑費を要するものと認め、これをライプニツツ方式により算定すると、右金額となる。

計算 1300×365×7.722=366万4089

(3) 将来の室料差額代 八四五万五五九〇円

甲一二の1ないし7、一三ないし一五によれば、原告石井は、感染予防、介護必要等の理由で個室による入院が相当であるが、江戸川共済病院には一人部屋はなく、二人部屋で入院生活をしていること、このため、一日当たり三〇〇〇円の室料差額代を支払つていることが認められる。そうすると、将来にわたつても、同額の室料差額代を要するものと認め、これをライプニツツ方式により算定すると、右金額となる。

計算 3000万×365×7.722=845万5590

7  以上合計 六二八九万六四七四円

二  原告荒井の損害

甲五ないし八、一五によれば、原告石井には結婚歴はなく、昭和四八年三月に同原告の姉の子(姪)である原告荒井を養子としたこと、原告荒井は、同年一〇月に荒井靜夫と婚姻し、二子を儲けたが、長男は原告石井になついていたこと、本件事故後は原告石井の入院先の病院に毎日のように通い、付き添つていることが認められ、前示の原告石井の症状は死亡に比肩し得る重篤なものであつて、原告荒井は、近親者としてその精神上の苦痛は原告石井の死亡の場合に劣らないということができ、これを慰謝するには金二〇〇万円が相当である。

三  過失相殺について

1  甲一九、乙一ないし一三に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件交差点は、別紙現場見取図のような形態の丁字形交差点であり、直線路は制限速度が三〇キロメートル時と指定されており、また、突き当たり路から同交差点に進入する前には一時停止の標識が設置されている。同交差点は市街地にあるものの、その付近は、工場、駐車場、事務所、ビニールハウス等が並び、また、直線道路のうち突き当たり路のある側は歩道部分が三・五メートルと広くとられていて、一般民家のある市街とは様相を異にする。本件事故当時は、小雨が降つていて道路が湿潤の状況にあり、また、午前六時四五分でもあつて、交通が閑散としていた。

(2) 被告杉野は、加害車両を運転し、時速約五五キロメートルで小岩方面から京葉道路方面に向かつて直進道路を走行し、同交差点に近づいたところ、別紙現場見取図〈2〉の地点(以下「〈3〉の地点」等の表示により同図面上の地点を示す。)で、その前方右側(対向車線を越えたところ)三一・一〇メートル先にあるアの地点付近で突き当たり路からビニール製の雨合羽を着用し、足踏自転車に乗つてきた原告石井を発見した。そこで、同被告は、同原告が停止するだろうと思い、なお、アクセルを離して排気ブレーキの状態にしながら一〇・九メートル進行した〈3〉の地点にさしかかつたところ、同原告は同地点の二二・二五メートル先にあるイの地点から同交差点を横断しようとした。このため、クラクシヨンを長めに鳴らしたが、同原告はなおも斜めに横断を継続したため、同被告は急ブレーキをかけたが間に合わず、〈3〉から二四・三五メートル進行した〈4〉の地点で衝突し(なお、衝突点は、加害車両の先端であることから〈×〉の地点)、〈5〉の地点で停車した。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

2  右認定事実によれば、被告杉野は、制限速度を二五キロメートル時上回る速度で加害車両を運転していたのであつて、原告石井が交差点に進入してくるのを認識した時点ですみやかに減速し、その動静を注視して安全を確認しつつ進行すべきであるのに、同原告において停止するものと軽信して加害車両を運転させた過失があるというべきである。特に、同被告は、同原告が右アの地点付近からイの地点に進行しているのを認識しているのであるから、同原告において横断をすることが充分予測ができた(このためにこそ、クラクシヨンを長めに鳴らしている。)のであるから、制限速度を相当上回つて走行したことも斟酌すると、減速をする必要が特に強かつたものというべきである。他方、原告石井も、一時停止の標識があるのにこれを無視し、加害車両のクラクシヨンにもかかわらず、斜め横断を敢行しているのであつて、同原告の右過失も本件事故の原因となつていることは明らかである。

以上の被告杉野の過失と原告石井の過失の双方を対比し、原告石井が六八歳と高齢であることや右交差点周辺の前示の様相等を勘案すると、本件事故で原告の被つた損害については、その二割を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

3  右過失相殺後の原告らの損害額は、原告石井において五〇三一万七一七九円、原告荒井において一六〇万円である。

四  損害の填補

原告石井が自賠責保険及び任意保険から二五四〇万四〇四五円の填補を受けたことが当事者に争いがないから、右填補後の同原告の損害額は、二四九一万三一三四円となる。

五  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、次の金額をもつて相当と認める。

1  原告石井 二五〇万円

2  原告荒井 一五万円

第四結論

以上の次第であるから、原告らの本件請求は、被告に対し、原告石井において金二七四一万三一三四円、原告荒井において一七五万円、及びこれらに対する本件事故の日である平成三年八月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないからいずれも棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

現場見取図

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